2015年12月14日月曜日

早稲田大学文学部イベントに出演


   12月12日土曜日、早稲田大学文学部で装幀家の奥定泰之さん(写真右)と思潮社編集部の出本さん(写真左)とともに、イベントに出演。多くの学生さんが参加してくださった。ありがとうございました。

   最初は、エディターの出本さんが『耳の笹舟』(思潮社)から選んでくださった「耳鳴り」を、ハンドアウトをもとに朗読。つづいて装幀と編集、そして詩の執筆など、一冊の詩集の生成をめぐって三人でトークした。

    下記は、奥定さんが許可くださった、『耳の笹舟』秘伝レシピ。ブックデザイナー志望の方は刮目あれ!

[資材]
カバー:モス・130ライトグレー
オビ:リ・シマメ・スノーホワイト
表紙:彩雲・あじさい
見返し:彩雲・あじさい
本文:OKミルクリーム・ロゼ

[本文フォント]
漢字:ヒラギノ明朝 W3
かな:游築36ポ仮名 W2

    奥定さんの装幀は、詩中の言葉にインスパイアされてはじまるという。
   もちろん「音ずれ」もあったのだが、「透き間」という言葉にも反応されたそうだ。
   『耳の笹舟』は、上記のようにモスの表紙カバーのしたにちらりと見える、本体表紙にマーブル調のスカイブルーの紙があしらわれていて、とくに目をひく詩集だ。奥定さんは『耳の笹舟』は本質的に中間言語の領域、つまり「透き間」の言葉と考えたのだとか。この把握が、装幀のモティーフにつながったという。また、本文用紙も極薄の赤味がついており、活字の特色黒を微妙に変化させる。ぼくの目だと、自然光のしたでかすかに藍へとかたむくのだ。
    それと、ぼくはよく見返しにサインをするのだが、これも奥定さん、よく観察されている。青空色の和紙にちかい特殊紙に万年筆でサインすると、じつに、映える。ぼくには、なんだかもったいない。
    奥定さんの装幀は斬新でありながら、同時に深さを感受させる。詩集を読みすすめながら、ひとひとつ、装幀の妙に気づかされるしかけやたくらみにみちていると思う。その意味で、詩的書物は装幀自体も、喩と多義性へひらかれることになる。

   エディターの出本さんもいっしょに、装幀の色校やゲラの一部をもちいながら、本の生成の現場を語られていた。おふたりの興奮が伝わってくる。

    今年の初夏に出本さんにお渡しした『耳の笹舟』の原稿用紙は、二百枚にのぼった。完全な紙幅オーバーで、高木総編集長と出本さんによって半分以下に選別された。さらに総ページ数130頁内におさまるように、詩行をシェイプアップしてきたのだった。
   海外翻訳はあっても日本語での掲載がない詩も数篇でてきてしまい、ぼくではわからない客観的で的確なアドバイスをくださったのが、高木さん、出本さんだった。
   それでも『耳の笹舟』は通常の詩集の1.5倍の行数。今回の詩集はぼくにとっても、エディターと詩人が二人三脚で編んだ、という感想がある。

   そんなトークが一時間半におよんだ。学生のみなさんも、とても真剣にきいてくださった。

    終了後は、神楽坂で打ち上げ。奥定さんがご馳走してくださる。アイリッシュパブで、ハギスを食べ、英国風に仕上げた泡のない地ビールを飲む。蕎麦屋でマッサンのブレイクでさらに手にはいりにくくなった広島の銘酒「竹鶴 」をぬる燗で呑む。
    ぼくらは、かなり呑んだ。夜の街に消えてゆく出本さんを送ったあと、奥定さんを誘って、飯田橋「西安」に名人芸の刀削麺を食べに。奥定さんはちゃんと?いちばん辛い麻辣麺を食された。
   多忙なおふたりが、土曜日にめいっぱいつきあってくださった。おおいに呑み、話した。そのことが、とてもうれしい。
    こんどは、浦和にもきてくださいと、再会を約束したのだった。

2015年12月11日金曜日

12/12は早稲田大学文学部イベント


    いきなりのアナウンスですが、明日、12月12日土曜日、装幀家の奥定泰之さんの授業の一環により早稲田大学文学部でイベントを開催します。

    出演は、装幀家の奥定泰之さん、思潮社編集部の出本さん、そして石田瑞穂です。

    奥定泰之さんは前詩集『まどろみの島』にひきつづき、新刊詩集『耳の笹舟』(ともに思潮社)の装幀をしてくださった。自分の詩集ではあるけれど、すばらしい仕事をしてくださったと思う。
    奥定さんが『耳の笹舟』装幀秘話を語り、ぼく、そして担当編集者のおひとり、出本氏が詩集の制作秘話を語るというイベント。
     紙の本と、詩の言葉、そしてエディターの仕事と想いがどうクロスしてゆくか。一冊の詩集の生成をめぐる、なかなか聞けないトークと朗読になればと思います。
    詩集の販売はありませんが、お持ちいただいた方にはサインもいたします。

   場所

   早稲田大学文学部    戸山キャンパス
    38AV教室

    時間

    13:00〜14:30

    早稲田大学生のみ入場可のクローズド・イベントですが、ぜひお越しください。

2015年12月10日木曜日

ローライ同盟発足会、その1




    去る12月6日日曜日、鎌倉は県立近代美術館まえで「ローライ同盟」発足会がおこなわれた。
   メンバーは、いちばん下の写真、左から、遠藤朋之さん、菊井崇史さん、吉増剛造さん、城戸朱理さん、井原靖章さん、カニエ・ナハさん、小野田桂子さん、そして井上春生さん。詩人から写真家、デザイナー、映画監督まで、世代もジャンルも多彩なクリエイターが集結したのだった。

   そもそも「ローライ同盟」とは。

    詩人の城戸朱理さんのブログを読んでくださいと、手抜きをしようと思ったのだが、あれ?書かれていない?笑

    ですから、以下、経緯をご報告します。

   ハンドメイド・ウォッチやライカでも有名な精密機械職人の街、ドイツはハンブルグで1920年代からつくられている二眼レフ・カメラ、ローライフレックスをみんなで購入して撮影しようという会なのだ。二番目の写真で吉増剛造さんが首からさげているのが、ローライ。一番目の写真は写真家の小野田桂子さんで、ローライに専用フィルムをいれているところ。

    きっかけは、若いころからローライに憧れていたという吉増剛造さんと写真家の小野田桂子さんakaマッドバンビが、スカパー放映の番組「Ash」のため京都での撮影中、ローライの話で盛り上がり、吉増さんが会発足をうながした、とのこと。今年の春、鎌倉に遊びにいったときに城戸さんと小野田さんから、ぼくもおさそいいただいたのだった。

    ぼくのイメージだと、ローライは百万円ちかいカメラで、メンバーですこしずつお金をだしあって一台を購入し、使いまわすのだと思っていた。

   ローライフレックスは、じつは新刊詩集『耳の笹舟』にもその名がでてくる。いまプロジェクトをともにさせていただいている写真家、赤阪友昭さんがメインで使用しているのも、ローライなのだ。プリント画像はサイズをおおきくしてもデジタルより透明感があり、海のようなレンズの深度を感じさせる。友さんにはローライでポートレートも撮っていただいたし、作品も購入して、日々、ながめている。

   青山二郎、小林秀雄、白洲正子らが資金をだしあって骨董を買ったという麦藁倶楽部みたいで、いいじゃない、とそのときは思ったのだった。

    つづく

2015年12月6日日曜日

古唐津陶片


   めずらしく、絵唐津の陶片を手にいれた。「B&B」イベントの翌朝。青山を歩いていたら骨董市がたっていて、ギャラがこれに化けたのである。

    南唐津の焼山窯出土で、室町後期から江戸初期にかけてのものらしい。絵付け職人が筆でさっさっと素早くえがいた気どらない独特な草絵紋を、青山二郎は「ポンチ絵のような」とけいようしていたっけ。秋の白んだ光に、なかば透けるようなはかなさでそよいでいる名もない草、そんな風情にひかれたのだった。

   それでもサイズは小皿をはみだすおおきさで、菓子皿くらいにはなる。たぶん、大江皿の基底部で、裏底にかなめがついたままだ。焼成のときにくっついたか、ゆがんだかして、皿本体は失敗作として割られたのだろう。

   炙った紋甲烏賊、西京焼きの半みくらいはのるかもしれない。陶片側面に「焼山下」と細ペンで書き込みがある。調査資料がまとめて放出されたのではないか。

    絵唐津陶片の魅力は、まさに破片であり、部分であるということ。陶片とはいえ絵はちょっとした小品のようだし、古唐津の釉調も見ていて楽しい。でも、ああ、こんな草絵のある桃山あたりの三合くらいはいる片口があったらな、とか、たたらの陶板があったら最高だなとか、高価でけして手にはいらない全体性、完品への妄想をためつすがめつふくらませるのである。

    古玩というけど、 酒を呑み、陶片をめであそぶ姿は、われながら病んでいるとしかいいようがない。

2015年12月3日木曜日

横浜からの浦和、南仏ピノ・ノアール




    昨日は仕事で終電をすぎてしまい、横浜に投宿。

   ボストンバックを片手に浦和に帰り着いたのは、夕方。田島幸子さんプロデュース、国際交流基金での古川日出男さん、柴田元幸さん、ハンナ・レアードさんのイベントにいけなかった。管啓次郎さんもいらしたという。
   「見えない波」初代メンバーが集える日をみすみす逃した腹いせ?に、「田楽」に呑みにゆく。

    写真はテラス・ド・ギレム、 2014 年のピノ・ノアール。きれいな酸味が、絶品白レバーの脂を、すっきり切りあげる。自家製のお新香をピクルスがわりに。

     さいごは、マスターの上甲さんに、最近呑みすぎだから、あがりと軍鶏のプリンを、と頼んだら、またまた、とマールがでてくる。田楽の軍鶏のプリンは、市販のプリンよりちょい白い。ほぼ牛乳と軍鶏の朝どれ卵でつくられているのだ。よって、酒のあとでもふわりと淡白で、食せる。

    ここ十日、まともに家で食べていない。恐るべし、師走。

2015年12月1日火曜日

日々是好日?




    早大での授業のあと、神田川ぞい、関口芭蕉庵ちかくの椿山荘内カフェで、『群像』編集子と打ち合わせ。

   それから、京都に帰るという岡本啓さんと夕飯でもと思っていたら、メールがまわりまわって、江戸川橋の居酒屋「でんがな」で、佐峰存さん、思潮社の高木総編集長、遠藤さん、出本さんも参加して、下北沢メンバーがそろってしまった。詩集の上梓とイベントの成功を祝って、乾杯。

    岡本啓さんとは、本ブログと連動して、来年、新プロジェクトをスタートする予定です。佐峰さんもゲストできていただこうと思ってます。

    居酒屋のまえに、ぼくは出本さんが教えてくれた、ちかくのワイン・バー「葵」にいた。出本さんは、粋なエディターなのだ。ワインはフレデリック・コサールのシラー、2014年。ヨーグルト香から、シラーにしては豊潤なフルーティ・フレーバー、余韻はムッシュ・コサールの得意技といえる葡萄種のここちよい苦味。

    遊化自在、遊ぶように働きなさいと、釈尊はいったっけ。

    午前中は早朝からブルックス・ブラザーズのカタログの仕事だった。撮影時、ブルックスらしい、ブラックにかぎりなくちかいダークブルーの、いい春秋冬用のコートがあったので、現品割引で手に入れた。今年は暖冬らしいので、まだウールのコートは重い。着たまま早稲田へ。タクシーに乗りこむところを、カメラマンさんに写真を撮られてしまった。

2015年11月30日月曜日

「言葉の旅、詩の岸辺へ」イベント無事閉幕!



    去る11月27日、下北沢「B&B」で開催された、詩人の佐峰存さん×石田瑞穂×岡本啓さん(うえ写真左順)のイベント「言葉の旅、詩の岸辺へ」は、多くのお客様にご来場いただき、盛況のうちに閉幕。

    ご来場のみなさま、ほんとうにありがとうございました!

    この会の模様は、誌面収録の予定があり、詳しくは語りませんが、いま注目の新鋭、佐峰さんと京都から駆けつけてくださった岡本さんのフレッシュかつエネルギッシュなトークと朗読のおかげで、とてもいい詩の一夜になったと思います。すばらしいおふたりに、感謝を。

    サイン会も盛り上がりました。今回、「見えない波」チームが、ちょうど福島でのイベントで、残念ながら欠席。詩人では、佐峰さんの『対岸へと』の栞文を書かれた野村喜和夫さん、北爪満喜さん、渡辺めぐみさん、岡野絵里子さん、山田亮太さんらがおこしくださった。

    うえの写真は、かけつけてくださった写真家の小野田桂子さんが撮ってくださったもの。「YMOのジャケなかんじで!」とディレクションをくださり、よく見ると三人の視線が各々べつの方角を見つめています。小野田さんは、片瀬江の島高清のたたみいわしをプレゼントにくださる。パンクかつアバンギャルドな精神をもつカメラウーマンなのだ。

    このあとは交流会。「B&B」のみなさんにお礼を述べ、下北沢の呑み屋に消えることになる。12時ちかくに、解散。ぼくは渋谷のスコッチバーに立ち寄り、午前一時。翌日もイベントがあったぼくは宿泊先の青山のホテルにもどる道すがらさらなるバーをさがすが、なんと、あいている店が、ない。

    コンビニもなく、閑散とした246を煙草を喫いながら歩いていると、外苑方面から、ひとりの女性が歩いてくる。紅いワンピースのうえに皮のライダースジャケット。右手には重そうに、ワインボトル。左肩からはカメラをさげていた。

   女性が、「すみません、ライターを、かしてもらえますか?」。ぼくは、ゴロワーズのパックとともにさしだし、いいけど、そのワインをくださいとたのんでみる。女性は、「いいけど、ぜんぶはだめです」と答える。

    晩秋の肌寒い一夜。見ず知らずのぼくらは青山の路上で、数分間、煙草の火と、ワインを、交換した。ワインはすこし、香水のかおりがした。