2013年4月11日木曜日

駆け足の春



「春の日やあの世この世と馬車を駆り」

ご存知、現代俳人・中村苑子氏の
形而上から形而下まで
幅広く内包した名句。
草花も気候も目まぐるしくうつりかわり
のんびりしているようで
用事も多いのが、春。
この季節、思わず口ずさんでしまいます。

ここ十日間、詩や原稿の〆切
半徹夜をはさみ
父の親友が亡くなり
母方の祖父が亡くなり
諸行事がつづき
ブログも更新できなかった始末。
(メールを返信できなかった
関係各位、すみませんでした)

怒濤の日々が昨日で終わり
一息つけると思うや
桜は散り、庭は新緑の世界。
もう竹の子まで生えてきちゃった。
今年はとくに
春が馬車を駆るようにすぎてゆきます。

2013年4月3日水曜日

さいごの桜、はじまりの若葉



しだれ桜




ニット帽の方が小説家の古川日出男さん
当日のお花見の面々


お祝いのプレゼント


詩と生業の〆切に追われ
デスクから顔をあげずにいたら
いつのまにか
庭の花々が春の嵐で散ってしまった。
3/30の日曜日
「H氏賞受賞のお祝いに」と
ぼくと妻で翻訳家の石田みゆは
小説家の古川日出男さんと
奥様の千枝さん
JLPPの田島幸子さんに誘われ
新宿御苑にお花見に。
さらに、「現代詩手帖」3月号の
北欧現代詩特集で活躍した若き翻訳家
マユ・サーリッツアさんも参加。

古川さん夫妻と知遇を得たのは妻が先。
昨年のサロン・ド・リーブル
(毎年フランスで開催される
国際的なブックフェア)で出会って
会期中同行させていただいたという。

ぼくは古川さん夫妻とほぼ初対面。
それにもかかわらず
お招きしてくださったのには
とても驚き、感激しました。


中華レストラン「古月」に集まり
出会いを祝して、まずは乾杯。
トレードマークのニット帽をかぶった
(当日はヨウジ・ヤマモトのY-3)
古川日出男さんと千枝さんは終始
にこやかかつフレンドリーに会話をリード。
ここには書けないけれど
翻訳文芸の世界で国際的に活躍する
田島さんから古川さん夫妻に
良きニュースがもたらされたようだ。
つづいて、妻のみゆが
フランスの週刊誌「テレラマ」に掲載された
古川日出男評を訳してプレゼント。
ぼくは古川さんの
『馬たちよ、それでも光は無垢で』に
持参した万年筆でサインをもらった。
田島さんからはお祝いに
ジャズシンガー、ホセ・ジェームスの新譜CDと
フランスで「憧れのスイーツ」と呼ばれる
ア・ラ・メール・ド・ファミーユの
イースターエッグのチョコレートを
マユさんからは白薔薇のブーケを
いただいた。
(田島さん、これを書きながら
CDをきいてます!)

ゆうに2時間は歓談し食事が終ると、
ぼくらは新宿御苑へ。
お花見のシーズンも終わりであり
気温もかなり低かったことから
花見客もそう多くはない。
ゆったりとした気分でそぞろ歩き。
ソメイヨシノは花吹雪と終ったけれど
しだれ桜やウコン、タイハクは満開。
池の水鏡に花びらが散り敷き
花筏になっている。
それを見たマユさん
「フィンランドの海は
海面が凍ってこんなふうになります」と
じつに詩的なコメント。
異国の自然環境のちがいは
感受性にも差異をもたらす。
日本人では考えてもみない
抒情が結露するのだと思う。

閉園の時間になったので
近くの喫茶店でさらにおしゃべり。
古川さん夫妻の印象はひと言でいうと
ひらかれている、ということ。
千枝さんは日出男さんの実質的な
マネージャーであり1stエディター。
どこにいくのもご一緒らしく
ご自宅でも新作についての話が多いとか。
家で妻は千絵さんを
「大和撫子で、山のようにどっしりしている」と
いつも褒めそやしている。

小説家のフィッツジェラルドは
「詩人に憧れない小説家はいない」と
書いたけれど
小説家に憧れず、敬意をいだかない
詩人はいないと思う。
ぼくも日出男さんには創作のことや
いまの文学について
どんな考えをいだかれているか
つい、いろいろ尋ねてしまう。

喫茶店では気がつくと
皆さん、おのおのリラックスして
小説の話、詩の話、翻訳の話が飛び交っていた。
各界でアクションをひきおこす方々が
こんなふうに楽しく自然に集まれるのは
とてもいいな、と思った。

「じゃあ、また五月ごろ会いましょうか」と
古川さん夫妻。
大好きな新緑の季節
若葉のほかに
また楽しみがひとつ増えました。

2013年3月29日金曜日

3/30読売新聞夕刊に詩が載ります


陸前高田にいったときに目にした
「奇跡の一本松」についての詩です。
あの木は、3.11以後の
だれのこころにもある。
そして、その姿は
われわれでもある。
そんな祈りをこめて書きました。
ぜひ、ご一読ください。

見沼の桜トンネル









雪の風花の舞う
奥那須から帰ってきたら
地元の見沼ではお花見が最高潮。

ぼくの住む埼玉県さいたま市
見沼区は隠れた桜の名所でもあります。

江戸時代に井沢弥惣兵衛により
見沼代用水を中心に開拓された
1000haをこえる広大な田園地帯。
見沼代用水は水田に水を供給するとともに
利根川や荒川を経由して
浅草まで伸びた水路としても発達。
その見沼代用水沿いになぜか
人知れず植えられた桜並木が
ずーっと、ずーっとつづいているのです。

ぼくの住む見沼代用水の「東べり」が
約10kmもつづく桜並木
「西べり」が約8kmの桜並木
正確な桜の本数はわかりません。

だいたいがソメイヨシノなので
開花時期はほぼいっしょ。
見沼は対岸まで見晴らしがいいので
数kmにおよぶ桜が咲きそろうのは壮観です。

今日は妻ととともに自転車にのって
桜並木をサイクリング。
ランチはハイボールの濃いめと
サンドウィッチ。
自転車に乗っても桜並木を一周するには
ほぼ一日かかります。
さいたまには去年の三月に引っ越してきました。
その四月にこの桜並木を妻と犬とでハイキング。
妻は「こんなにたくさんの桜を
見たのははじめて。
なんだか、お腹いっぱい」
二時間ほど桜の下を自転車でゆくと
この世界において
桜のこと以外は考えられなくなる。

今年はこちらでも桜が一週間は早いので
夕には花吹雪にになり
桜の花びらが風に吹かれて
ころころと勢いよく足元に駆け寄ってくる。
西行さんの
「たぐひなき花をし枝に咲かすれば
桜に並ぶ木なそなかりける」という心に染まりそうな
ちょっぴり名残惜しい、でも、もう終わりの桜。

芝川土手には菜の花も絨毯を広げていました。
気配がしてふと足をとめると菜の花の群落から
ケーン、ケーンと盛大な嬌声をあげて
鶏大のかわいいお尻の鳥が舞い上がる。
春になって渡ってきたキジの雌鳥でした。

2013年3月28日木曜日

秘湯の宿 大丸温泉


大丸温泉旅館から


宿の食事


A5ランク 那須黒毛和牛


とちおとめの白玉


鹿の湯近辺



久しぶりの奥那須大丸温泉へ
茶臼岳、那須五峰を見晴るかす
標高1,300メートルの宿
明治創業の大丸温泉旅館に泊まりました。

数年前に訪れたときは真冬。
雪見酒をしながら
オオタカを見にきたのが最初。

ここには「川床の湯」と呼ばれる
源泉掛け流しの温泉がある。
那須湯本というと
硫黄のにおいの強い白濁した湯だけれど
ここのお湯は無臭透明
沢に流れ込んだ温泉を
そのまま引き入れているからだそう。
さらっとして透明感のある泉質は
北湯に似ている。

今回の夕食はA5ランクの黒毛和牛
(那須牛とも呼ばれる)の
しゃぶしゃぶがメイン。
250グラムのステーキも旨そうだったなあ。

朝食は稚鮎の一夜干しや
蕎麦餅のバター焼きなど。
那須は米どころあって
釜で炊きたての
ふっくっら瑞々しい白米を
何杯もおかわり。
那須は水がとても豊かでおいしい
あまやかで、さらっとしている。
山肌のそここでも清水が湧いている。
その水で炊きあげているのだから
尚更ご飯もおいしいのだ。

仲居さんのなかには
福島から来られた方もいました。
地元ではなかなか観光産業の職がなく
ハローワークの紹介で遥々働きにいらしたとか。
「いきなりこんな山奥にきてしまい
慣れないころは、毎晩涙がでました」とのこと。
大洗でもそういう方に出会った。
ぼくらの知らないところで
まだまだ、そういう方がいらっしゃる。
福島、北陸の復興、急務なり。

翌朝、山頂は靄がたちこめ
みぞれから雪の風花にかわる。
那須湯本までおりて鹿の湯に。
那須ローストチキンと
和牛サイコロステーキが有名な
「鶏春」は水曜日でお休み、残念。
よって、近くの食事処で昼食。
シーズンオフでそこしか営業していない。
にもかかわらず
「食事してくれたら
鮎の炭火焼をサービスするよ」
ぼくは那須牛のカットステーキにする。
焼きたての鮎が二本もきた。
あつあつの鮎にかぶりつき、ビール。
食後のコーヒーをのんでいたら
「雨がふってるからね
もう一杯サービスだ」と、おばちゃん。
温泉だけでなく
人情と旅情あふれる奥那須にもてなされ
こころも体もあったかくなった。

2013年3月26日火曜日

浦和の寿司屋で一杯


和歌山県 那智勝浦の鮪の握り


ホオホオの板じめ


愛知のシャコ蒸し


子もちヤリイカの煮付け


冷やし鉢


フグの白子 炊き寄せ


穴子の子


愛知のアオヤギ


鹿児島のアジと桜島大根のかわり握り


明石の桜鯛と海老の握り
日曜日の夜のこと。
クリエイターの先輩たちがH氏賞受賞の
お祝い膳をふるまってくださいました。

浦和玉蔵院の天然記念物「大しだれ桜」を見た後
浦和駅東口近くの寿司屋「よし佳」(よしか)へ。

あくまで私見ながら
さいたま市一(本音は県内一、といいたい)の
お寿司屋さんだとおもう。

都内で修行されていたマスターは
毎朝、築地まで仕入れに。
風貌は入道のようだけれども
物腰は柔和
料理をだしてくれるときは必ず
「失礼いたします」と
折り目正しく声をかけてくれる。
入口外観はふつうの寿司屋さんですが
店内は白木のカウンターのみ
清潔にして清浄。
マスターのお人柄なのか
休日ともあって家族連れが多かった。

その夜は、おつまみを多めに
握りを少なめにした「おまかせ」を頼む。
山葵だけで食べる明石産の煮蛸を皮切りに
塩で食う氷じめ帆立、シャコ蒸しなど
おつまみだけでも8品ほど。
ホオホオの板じめは薄身だが
ねっとりした舌触りと歯ごたえが
春魚の醍醐味であって、こたえられない。
サービスでだしてくれた穴子の子酢物は
透明でこりっこり。
この時期、穴子は産卵期で
身はたいして旨くなく
よって、だせないとのこと。

写真はないけれど
「これが本物の絹ごし豆腐」もでた。
京都御所秘蔵のレシピを再現したもので
胡麻豆腐と見紛うほどの
ねっとりとしたコクがある。
冷やし鉢のたれになっているのが、それ。
昔の絹ごし豆腐って、こんなに濃かったのか。
マスターは「すし研究会」や
「和食研究会」の会員でもある。

握りは、かわり種の
鹿児島鰺と桜島大根酢漬け
とろっとした鰺と酢漬け大根の組み合わせが
桜のような香しさを運んでくれて
まさに春の風味。
明石の桜鯛は
明石海峡を回遊しながら身が
自然と引きしまり
肌身が薄いピンクに染まる。
大味の鯛より、こちらのほうが
しゃりには合うとおもう。

〆の握りは、日本鮪の捕れる最南端
那智勝浦の赤身と大トロ。
赤身は寝かして四日目のもので
鉄分値が最大になる。
大トロは八日間寝かしたもの。
しゃりは、ササニシキの新米と
古米をブレンドしているという。
お客さんによって空気分も調節。

「寿司屋で腹いっぱいになるなんて
なかなかないでしょう」とマスター。
一同、とにかく満腹、お会計も
「都内の三分の二ぐらいじゃない?」
酒をひとり三本ぐらい飲んで一万二千円ちょい。

先輩方、浦和まできてくれて
ほんとうに、ありがとう。
桜と春の寿司と二十年の淡交に感謝。
大満足の一夜でした。

2013年3月24日日曜日

浦和の蕎麦屋で一杯


フォアグラレバー入り 肝せいろ


カリフラワーのムース


ぶりのスモーク


牛ほほ肉の煮込み


箸でちぎれる、ほろほろ感


先週金曜日の話のつづき。
浦和で花見、古民家喫茶「楽風」のあとは
浦和ナカギンザセブンの吞屋街。

まず、「クラフトビアー・ベイビー!」で
埼玉県羽生市産のIPAビール「こぶし花」ほか数杯。

なんとなく小腹がへったので
3、4軒先の個性派蕎麦屋「庵浮雨」(あんぷう)へ。

un peuという店名どおり
かつてフレンチで修行したオーナーがひらいた
浦和で知られているお蕎麦屋さん。
ちょこっと(un peu)
おつまみが美味しくシャレています。

フォアグラ入りのつけだれ蕎麦(千円也)は
ここの名物。
手打ち蕎麦にフォアグラがからんで
お味は、、お試しあれ(笑)

浦和は県庁、浦和高等裁判所や新聞社があり
食文化は栄えている、とおもう。
折しも金曜日の夜、これから呑み歩くという
若手弁護士(仮名キツネ)さんと歓談。
キツネ「さっきベイビー!にいました。
庵浮雨で蕎麦屋呑み、次は焼き鳥、
最後は寿司をひと口つまんで…」
筆者「ずいぶんいきますね」
キツネ「でも金がないんで
ぜんぶいって、5千円以内です。
毎週金曜日はこんなかんじすね」

まじか!