2015年8月24日月曜日

夏の終わりに




    昨日、表千家師範の母が、「朝茶」をする。朝茶とは、風炉の夏の時季、早朝に催す茶会のことで、朝の4時半に着物姿のお社中がおこしになった。
    ぼくは席につかなかったけれど、ともに早起きして、盆休み明けのゲラの山をくずしにかかった。
    朝茶になると、もう夏が終わるのだな、と思う。まだ夏休みもとれていないが、今年の後半がスタートしたのだ。
    9月末には、ぼくはブルースミュージシャンとのコラボのため、アメリカへ。10月に新詩集がでる予定だけど、刊行後はイベントがつづく。11月は、国民文化祭の鹿児島大会に出演。こう考えると、夏休み、とれるのだろうか。そろそろ、来年に予定されているイギリスでのプロジェクトのための連絡もとりあわなきゃだし。
    昼前にすこしゲラを返せたので、わが夏の酒器、古唐津皮鯨皿をだしてきて、猫のように会席にだけ顔をだし、御酒をおすそわけしてもらう。今年は忙しくてほとんどつかえなかったな、この皿。縁側で茶庭を眺めつつ、一献。また注いで、ふと酒の入った皮鯨皿を苔のなかに置いてみる。庭石も盃も、日本の造形は水に濡らしてみるとよくなる。「自然」になる、というか。古唐津も古池のごとく、苔の庭と調和した。
    そんなひとり遊びの晩夏の午。風もだいぶ涼しくなってきた。

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