2015年9月21日月曜日

ちいさな詩の聖地〜「ヒアシンスハウス」




   いま、ひとの声はどこにあるのか。

   声をきく、耳はどこにあるのか。

   安保法案参院本会議可決の騒擾がまださめない、休日。自転車で浦和市にある別所沼公園にいってみた。歴史ある、沼畔の地形と並木道を活かした、おおきな公園だ。

    そこに、「ヒアシンスハウス・風信子荘」があるのだ。埼玉県の浦和は「鎌倉文士に浦和画家」と呼ばれていた街。埼玉にゆかりのある、夭折の詩人、立原道造は、ここで芸術家コロニーの設立を空想していた。「ヒアシンスハウス」は、そんな詩人が設計したコテージふうの、ちいさなちいさな5坪の家なのだ。水曜日、土日祝日は公開日で、内覧もできる。詳細は、下記、ホームページをご覧ください。


    壁の正面、側面の一部が、ガラスなどの遮蔽物のない出窓になっていて、外の並木道と沼に開放できる。いまでもとてもモダンな住宅だ。なかは、備え付けのデスク、ベッド、トイレがあるだけ。「ヒアシンスハウス」のエンブレムである、そのちいさな星形の花が、家の正面木戸をはじめ、其処此処にほどこしてある。別所沼とはいうけれど、大正時代の写真でみると、並木と水の風景は湖畔にちかい。そんな西洋性も、立原道造の嗜好にあったのだろう。

   ぼくにとって、ここは、さいたまのちいさな詩の聖地。

   沼畔の木陰で、家でつくってきたハムサンドとチーズ、ワインの小瓶で弁当をつかう。それから、たずさえてきた弥生書房『立原道造詩集』をひらくのだ。

    ぼくにとって、東京大学建築科卒業の立原道造は、窓の詩人でもある。暗記するほど読んでいる詩集なので、持参しても、あまり読むことはない。目をとじ、樺の木につかまってまだ鳴いている蝉、カワセミの羽音、ここのところよくきく百舌の高鳴きに、耳をすます。

     すると、いつも浮かんでくるのは、このフレーズ。

    「ひとつの窓はとぢられて
        かすかな寝息が眠ってゐた
        とほい    やさしい唄のやう!」
                                 (「窓下楽」)

    こころのざわめきは、いつのまにか、静かな唄にあやされ、霧散してゆく。

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