2015年12月28日月曜日

囲む会のプレゼント





    昨日、今年さいごのイベントが、青山のステーショナリー「書斎館」で開催されました。おこしいただいたみなさま、ありがとうございました!

   会は、いわゆるプライベート・リーディング。朗読と、珈琲を飲みながらのゆったりとした茶話会。
   『耳の笹舟』の出版祝いで、内内で囲む会をひらきたいという申し出をいただいたのが、先月。限定二十名のちいさな催しになった。

    会のおわりに、「この万年筆で、『Asian Dream』を書いてください」と、連名でペンをプレゼントしていただいた。でも、ペンにしては大きな箱で、ずっしりと重い。自宅に帰って、包装をほどくと、びっくり。上の写真、「福」の文字がはいった豪華な木箱。しかけ細工が施してあり、パズルめいた蓋をあけると、なかからインク壺とペンがでてきた。

    ペンは、パーカー・デュオフォールドの限定モデル「福   チャイナレッド・リミテッドエディション」。透明感のある深紅のエボナイトボディ。キャップトップには祥雲と、さかさに「福」という漢字ロゴが篆刻されている。24金のペン先には、やはり「福」と、限定1399本中の「1116」とシリアルナンバーが打ってある。

    原稿は手書きで、PCさえもっていない、ぼく。『耳の笹舟』の原稿は全篇、H氏賞の受賞祝いに親戚からいただいたファーバーカステルの銀軸の万年筆で書いた。   
    パーカーの書き味は、ドイツ産のファーバーにくらべると、やや大味。とはいえ、すばらしく書きやすい。毛筆のごとく、書き味はかるくなめらか。右手指先にフィットして、重さ、バランスもいい。生産国はイギリス。
    附属のインクは、パーカー「ペンマン」のブラック。もう生産されていないインクで、オフィシャルのブラックより、濃厚な墨色をしている。

    なんだか、えらいペンをいただいてしまった。プレゼントをしてくださった、代表の下田さん、サワコさん、クッシーさん、古川さん、瀧澤さん、ほんとうに、光栄です。そして、囲む会をひらいてくださったみなさま、こころよりお礼を申し上げます。

    会のあとは、南青山のフレンチ「フィガロ」に連れていっていただく。緊張もしたが、たのしく、美味しく食事とワインをいただき、話もはずんだ。 
   この幸福な夕べを胸にきざみ、また明日からがんばってゆきたい。

2015年12月24日木曜日

Menu de Noel 2015





   クリスマスの夜。銀座で打ち合わせをおえると、桜木町へ。

   アベックたちをさけて、いつものグランドホテルのバーへゆく。誤算。人気のないはずのバーは、三十分ほどまたないと、はいれない。
   それでも、錆色に枯れてゆく海をながめながら、トニック、マティーニ、それから写真のオールドパー・スーペリア。

    仕事帰りの妻とまちあわせて、茅ヶ崎の隠れフレンチ・ジャポネーズ、「ル・タロー」で食事。
    シェフのタローさんがカウンターの目のまえで腕をふるう。テーブル席はない。コースのみで、毎晩、八組だけサーブする。

   フランス産キャビアとコンソメクリームロワイヤルからはじまり、スコットランド産サーモンと冬瓜のテリーヌ、写真のトリュフソースのかかったあたたかいフォアグラのプディング、オマール海老と帆立貝のパイじたてアメリケヌソース、など九皿。

   タローさんは、南フランスの都市、ナントから内陸にはいったロワール川近郊の村々のホテルやレストランで修行されたのだとか。ジビエはもちろん、ロワール地方料理にもくわしい。異色の経歴をもつシェフだと思う。
    そういえば、最近の腕ききのシェフたちは、大都市の星つきレストランやホテルだけで修行することを善しとしない。
    ペリゴール地方出身でミッテラン大統領の料理人をつとめた女性シェフ、ダニエル・デルブシュがそうだけれど、地方の伝統的なフランス料理に回帰するようなところもある。

    タローさんにロワール地方の代表的な料理は?ときくと、「カワマス料理ですね」という答えだった。一メートルぐらいある川魚で、日本で食用のものはほとんどきかないという。空輸をすると、一尾4〜5万円だとか。

    シェフ、居合わせたお客さんどうしもたのしく会話がはずむ。コースがいっせいに終了したのは、22時ちかく。みなさん、シェフに招かれた、ノエルの食事につどう親戚家族のような雰囲気だった。こんなレストランが、茅ヶ崎にあるなんて。

    そして、毎年のようにISによるテロの危機にさらされている、友人もおおいパリで、今年のノエルはみんなどうすごしているのだろう。和気藹々とした雰囲気のなかで、フランスの平和を祈らずにはいられない。

    Merry Xmas!!

2015年12月23日水曜日

温泉と「塩そば」



    二週間ぶりの休日は、詩人の温泉コースにすることにした。

   写真は春日部の「麺や   豊」さんの新メニュー、「塩そば」。

    スープは名古屋コーチンの丸鶏と赤鶏の生トリガラをメインに、香菜をくわえ、乾物、淡路島の藻塩、ポルチーニ茸オイルで仕上げたのだとか。

    たれをつかわないハーブと胡椒と塩でつけた焼豚も、すばらしい。麺は、川越の地粉をつかった自家製麺。

    この日、ぼくは、ビール二本と皿焼豚。そして、裏メニュー、新潟の日本酒を熱燗で二本。〆に、この塩そば。

    豊さんは、基本、日本酒や紹興酒はださない。ラーメン一徹で、酒を呑む店ではないのだ。でも、この冬、ぼくのために特別に用意してくださった。

    天然温泉にはいった後、大落古利根川べりで、ぼくがひとり(埼玉ではレッドリストいりの)オシドリの高鳴きをききながらニッカウヰスキーの小瓶をかたむけていたところを見つかったらしい。「麺や    豊」は、俳人・加藤楸邨邸跡地の裏手にある。

2015年12月18日金曜日

「見えない波」第2期発足会


   去る12月8日、中野の「中華sai」で、「見えない波」第2期の発足会がひらかれた。

    2014年に、小説家の古川日出男さんのよびかけでスタートした「見えない波」プロジェクト。来年2016年から、左右社さんのホームページで一年間の連載として、再スタートします。

    新メンバーは写真上、左から本ブログではもうおなじみ、気鋭の若手詩人、暁方ミセイさん。詩人にして比較文学者の管啓次郎さん。と、ぼく。
    三詩人をコアメンバーに、さまざまなジャンルのゲストを招いてリブートする予定です。

    写真右は、左右社エディターの東辻さん。左右社から書籍化も予定されている『地形と気象』でも担当してくださった。

    東日本大震災から5年が経とうとし、「見えない波」第1期からも、もう一年が経つ。今年は新詩集『耳の笹舟』の刊行もあって、「見えない波」になかなかたどりつけなかった。
   『耳の笹舟』は「見えない波」から生まれた、といっても過言じゃない。でも、応援してくださったみなさんに、お待たせして申し訳ないと思い、ずっとこのことが気がかりだった。
    協賛してくださる出版社も見つかり、あらたな態勢とベストメンバーで再スタートできることになったことは、ぼくにとって望外のよろこびです。

    これからも、応援をよろしくお願いいたします。

    そして、来年からスタートする、新「見えない波」を、どうぞお楽しみに!

2015年12月16日水曜日

ローライ同盟発足会、その2




    ローライ同盟発足会のつづき。

    写真上は左から、詩人のカニエ・ナハさん、アメリカ現代詩研究の遠藤朋之さん、詩人の菊井崇史さん、吉増剛造さん、デザイナーの井原靖章さん、石田瑞穂、詩人の城戸朱理さん、映画監督の井上春生さん。の、ローライ同盟メンバー。

    中央写真は、小野田さん、吉増さんのローライフレックスと、井上監督のベビーローライ。

    下の写真は、バー「クルベルキャン」の二次会にて。左から遠藤さん、石田、そして飛び入りしてくださった、ご存知、写真家・今道子先生。写真はいずれも、小野田桂子さん。やっぱり、いい写真だなあ。

    今回のローライ同盟発足会での収穫は、小野田さんの上写真。惜しくもクローズが予定されている神奈川県立近代美術館鎌倉館の最終展示、その玄関前での記念撮影でした。当日、小野田さんのローライは不調。吉増さんがご自分のローライで撮影したのだが、カチッというシャッター音がすると、みなさん「おおっー!」と歓声があがったのだった。ひとつの終わりから、またなにかがはじまった瞬間だった。

   発案者の吉増剛造さんが、かんたんなスピーチをしてくださった。吉増さんによれば、「ローライ同盟はライカ同盟の継承であり、ライバルでもある」とのこと。ライカ同盟は赤瀬川原平、高梨豊、秋山祐徳太子により結成されたのだが、吉増さんが若かりしころからの盟友的な現代美術作家でもある。吉増さんの亡くなられた親友、詩人の岡田隆彦とのつながりもあるらしい。この同盟は、吉増さんの特別な想いがこめられているのだ。さらに、小野田桂子さんakaマッドバンビのファンのつどいでもあるとか 笑

    そんなわけで、会長は城戸朱理さん、キャプテンは小野田桂子さんなのだった。

    スピーチと記念撮影が終わると、ぼくらは最終展示を観て、若宮大路をそぞろ歩く。すでに暗く、撮影は、またこんど。吉増さんとぼくは八幡さんに祀られている藤原定家の話をしていた。「じゃあ、うたがうまくなるように、石田とお参りにくるか」と、吉増さん。

   南仏ふうブラッスリー「Orange」で打ち上げ。井上監督、井原D、菊井さんとジム・ジャームッシュの映画話。井原さん、菊井さんとはほぼ初対面なので、いろいろとお話をきく。すると、ゲストに、文芸批評家にして鎌倉文学館館長の富岡幸一郎さん、そして今道子さんが合流。富岡さん、吉増さん、カニエ・ナハさんは川端康成と三島由紀夫の話でもりあがっていた。今年のエルスール新人賞現代詩部門を受賞された、カニエさん。吉増さんは、ずいぶん褒められていたっけ。

    二次会は、富岡さん、今さん、城戸さん、小野田さん、遠藤さん、ぼくで名バー「クルベルキャン」へ。城戸さんがボトルキープされている25年もののシングルモルトをご馳走してくださる。じつにやわらかな、ピートの香り。口にふくむと、海に浮かんでいる気がした。鎌倉在住の今さんともうすこしお話したかったが、とてもシャイでつつましやかな方だ。世界的に高名な写真家なのだけれど、ご自身のことをほとんど語らない。芸術家は、こうでなくては、と思う。こんどは、もっとお話ししたいな。

    バーは、富岡さんと城戸さんがおごってくださる。今さんにお見送りいただきながら、遠藤さんとぼくはビールと塩ゆでピーナッツを買って湘南新宿ラインのグリーン車に乗りこむ。新宿に着くまで、えんえん詩の話をしていた。

    大満足の、鎌倉の一日。

2015年12月14日月曜日

早稲田大学文学部イベントに出演


   12月12日土曜日、早稲田大学文学部で装幀家の奥定泰之さん(写真右)と思潮社編集部の出本さん(写真左)とともに、イベントに出演。多くの学生さんが参加してくださった。ありがとうございました。

   最初は、エディターの出本さんが『耳の笹舟』(思潮社)から選んでくださった「耳鳴り」を、ハンドアウトをもとに朗読。つづいて装幀と編集、そして詩の執筆など、一冊の詩集の生成をめぐって三人でトークした。

    下記は、奥定さんが許可くださった、『耳の笹舟』秘伝レシピ。ブックデザイナー志望の方は刮目あれ!

[資材]
カバー:モス・130ライトグレー
オビ:リ・シマメ・スノーホワイト
表紙:彩雲・あじさい
見返し:彩雲・あじさい
本文:OKミルクリーム・ロゼ

[本文フォント]
漢字:ヒラギノ明朝 W3
かな:游築36ポ仮名 W2

    奥定さんの装幀は、詩中の言葉にインスパイアされてはじまるという。
   もちろん「音ずれ」もあったのだが、「透き間」という言葉にも反応されたそうだ。
   『耳の笹舟』は、上記のようにモスの表紙カバーのしたにちらりと見える、本体表紙にマーブル調のスカイブルーの紙があしらわれていて、とくに目をひく詩集だ。奥定さんは『耳の笹舟』は本質的に中間言語の領域、つまり「透き間」の言葉と考えたのだとか。この把握が、装幀のモティーフにつながったという。また、本文用紙も極薄の赤味がついており、活字の特色黒を微妙に変化させる。ぼくの目だと、自然光のしたでかすかに藍へとかたむくのだ。
    それと、ぼくはよく見返しにサインをするのだが、これも奥定さん、よく観察されている。青空色の和紙にちかい特殊紙に万年筆でサインすると、じつに、映える。ぼくには、なんだかもったいない。
    奥定さんの装幀は斬新でありながら、同時に深さを感受させる。詩集を読みすすめながら、ひとひとつ、装幀の妙に気づかされるしかけやたくらみにみちていると思う。その意味で、詩的書物は装幀自体も、喩と多義性へひらかれることになる。

   エディターの出本さんもいっしょに、装幀の色校やゲラの一部をもちいながら、本の生成の現場を語られていた。おふたりの興奮が伝わってくる。

    今年の初夏に出本さんにお渡しした『耳の笹舟』の原稿用紙は、二百枚にのぼった。完全な紙幅オーバーで、高木総編集長と出本さんによって半分以下に選別された。さらに総ページ数130頁内におさまるように、詩行をシェイプアップしてきたのだった。
   海外翻訳はあっても日本語での掲載がない詩も数篇でてきてしまい、ぼくではわからない客観的で的確なアドバイスをくださったのが、高木さん、出本さんだった。
   それでも『耳の笹舟』は通常の詩集の1.5倍の行数。今回の詩集はぼくにとっても、エディターと詩人が二人三脚で編んだ、という感想がある。

   そんなトークが一時間半におよんだ。学生のみなさんも、とても真剣にきいてくださった。

    終了後は、神楽坂で打ち上げ。奥定さんがご馳走してくださる。アイリッシュパブで、ハギスを食べ、英国風に仕上げた泡のない地ビールを飲む。蕎麦屋でマッサンのブレイクでさらに手にはいりにくくなった広島の銘酒「竹鶴 」をぬる燗で呑む。
    ぼくらは、かなり呑んだ。夜の街に消えてゆく出本さんを送ったあと、奥定さんを誘って、飯田橋「西安」に名人芸の刀削麺を食べに。奥定さんはちゃんと?いちばん辛い麻辣麺を食された。
   多忙なおふたりが、土曜日にめいっぱいつきあってくださった。おおいに呑み、話した。そのことが、とてもうれしい。
    こんどは、浦和にもきてくださいと、再会を約束したのだった。

2015年12月11日金曜日

12/12は早稲田大学文学部イベント


    いきなりのアナウンスですが、明日、12月12日土曜日、装幀家の奥定泰之さんの授業の一環により早稲田大学文学部でイベントを開催します。

    出演は、装幀家の奥定泰之さん、思潮社編集部の出本さん、そして石田瑞穂です。

    奥定泰之さんは前詩集『まどろみの島』にひきつづき、新刊詩集『耳の笹舟』(ともに思潮社)の装幀をしてくださった。自分の詩集ではあるけれど、すばらしい仕事をしてくださったと思う。
    奥定さんが『耳の笹舟』装幀秘話を語り、ぼく、そして担当編集者のおひとり、出本氏が詩集の制作秘話を語るというイベント。
     紙の本と、詩の言葉、そしてエディターの仕事と想いがどうクロスしてゆくか。一冊の詩集の生成をめぐる、なかなか聞けないトークと朗読になればと思います。
    詩集の販売はありませんが、お持ちいただいた方にはサインもいたします。

   場所

   早稲田大学文学部    戸山キャンパス
    38AV教室

    時間

    13:00〜14:30

    早稲田大学生のみ入場可のクローズド・イベントですが、ぜひお越しください。

2015年12月10日木曜日

ローライ同盟発足会、その1




    去る12月6日日曜日、鎌倉は県立近代美術館まえで「ローライ同盟」発足会がおこなわれた。
   メンバーは、いちばん下の写真、左から、遠藤朋之さん、菊井崇史さん、吉増剛造さん、城戸朱理さん、井原靖章さん、カニエ・ナハさん、小野田桂子さん、そして井上春生さん。詩人から写真家、デザイナー、映画監督まで、世代もジャンルも多彩なクリエイターが集結したのだった。

   そもそも「ローライ同盟」とは。

    詩人の城戸朱理さんのブログを読んでくださいと、手抜きをしようと思ったのだが、あれ?書かれていない?笑

    ですから、以下、経緯をご報告します。

   ハンドメイド・ウォッチやライカでも有名な精密機械職人の街、ドイツはハンブルグで1920年代からつくられている二眼レフ・カメラ、ローライフレックスをみんなで購入して撮影しようという会なのだ。二番目の写真で吉増剛造さんが首からさげているのが、ローライ。一番目の写真は写真家の小野田桂子さんで、ローライに専用フィルムをいれているところ。

    きっかけは、若いころからローライに憧れていたという吉増剛造さんと写真家の小野田桂子さんakaマッドバンビが、スカパー放映の番組「Ash」のため京都での撮影中、ローライの話で盛り上がり、吉増さんが会発足をうながした、とのこと。今年の春、鎌倉に遊びにいったときに城戸さんと小野田さんから、ぼくもおさそいいただいたのだった。

    ぼくのイメージだと、ローライは百万円ちかいカメラで、メンバーですこしずつお金をだしあって一台を購入し、使いまわすのだと思っていた。

   ローライフレックスは、じつは新刊詩集『耳の笹舟』にもその名がでてくる。いまプロジェクトをともにさせていただいている写真家、赤阪友昭さんがメインで使用しているのも、ローライなのだ。プリント画像はサイズをおおきくしてもデジタルより透明感があり、海のようなレンズの深度を感じさせる。友さんにはローライでポートレートも撮っていただいたし、作品も購入して、日々、ながめている。

   青山二郎、小林秀雄、白洲正子らが資金をだしあって骨董を買ったという麦藁倶楽部みたいで、いいじゃない、とそのときは思ったのだった。

    つづく

2015年12月6日日曜日

古唐津陶片


   めずらしく、絵唐津の陶片を手にいれた。「B&B」イベントの翌朝。青山を歩いていたら骨董市がたっていて、ギャラがこれに化けたのである。

    南唐津の焼山窯出土で、室町後期から江戸初期にかけてのものらしい。絵付け職人が筆でさっさっと素早くえがいた気どらない独特な草絵紋を、青山二郎は「ポンチ絵のような」とけいようしていたっけ。秋の白んだ光に、なかば透けるようなはかなさでそよいでいる名もない草、そんな風情にひかれたのだった。

   それでもサイズは小皿をはみだすおおきさで、菓子皿くらいにはなる。たぶん、大江皿の基底部で、裏底にかなめがついたままだ。焼成のときにくっついたか、ゆがんだかして、皿本体は失敗作として割られたのだろう。

   炙った紋甲烏賊、西京焼きの半みくらいはのるかもしれない。陶片側面に「焼山下」と細ペンで書き込みがある。調査資料がまとめて放出されたのではないか。

    絵唐津陶片の魅力は、まさに破片であり、部分であるということ。陶片とはいえ絵はちょっとした小品のようだし、古唐津の釉調も見ていて楽しい。でも、ああ、こんな草絵のある桃山あたりの三合くらいはいる片口があったらな、とか、たたらの陶板があったら最高だなとか、高価でけして手にはいらない全体性、完品への妄想をためつすがめつふくらませるのである。

    古玩というけど、 酒を呑み、陶片をめであそぶ姿は、われながら病んでいるとしかいいようがない。

2015年12月3日木曜日

横浜からの浦和、南仏ピノ・ノアール




    昨日は仕事で終電をすぎてしまい、横浜に投宿。

   ボストンバックを片手に浦和に帰り着いたのは、夕方。田島幸子さんプロデュース、国際交流基金での古川日出男さん、柴田元幸さん、ハンナ・レアードさんのイベントにいけなかった。管啓次郎さんもいらしたという。
   「見えない波」初代メンバーが集える日をみすみす逃した腹いせ?に、「田楽」に呑みにゆく。

    写真はテラス・ド・ギレム、 2014 年のピノ・ノアール。きれいな酸味が、絶品白レバーの脂を、すっきり切りあげる。自家製のお新香をピクルスがわりに。

     さいごは、マスターの上甲さんに、最近呑みすぎだから、あがりと軍鶏のプリンを、と頼んだら、またまた、とマールがでてくる。田楽の軍鶏のプリンは、市販のプリンよりちょい白い。ほぼ牛乳と軍鶏の朝どれ卵でつくられているのだ。よって、酒のあとでもふわりと淡白で、食せる。

    ここ十日、まともに家で食べていない。恐るべし、師走。

2015年12月1日火曜日

日々是好日?




    早大での授業のあと、神田川ぞい、関口芭蕉庵ちかくの椿山荘内カフェで、『群像』編集子と打ち合わせ。

   それから、京都に帰るという岡本啓さんと夕飯でもと思っていたら、メールがまわりまわって、江戸川橋の居酒屋「でんがな」で、佐峰存さん、思潮社の高木総編集長、遠藤さん、出本さんも参加して、下北沢メンバーがそろってしまった。詩集の上梓とイベントの成功を祝って、乾杯。

    岡本啓さんとは、本ブログと連動して、来年、新プロジェクトをスタートする予定です。佐峰さんもゲストできていただこうと思ってます。

    居酒屋のまえに、ぼくは出本さんが教えてくれた、ちかくのワイン・バー「葵」にいた。出本さんは、粋なエディターなのだ。ワインはフレデリック・コサールのシラー、2014年。ヨーグルト香から、シラーにしては豊潤なフルーティ・フレーバー、余韻はムッシュ・コサールの得意技といえる葡萄種のここちよい苦味。

    遊化自在、遊ぶように働きなさいと、釈尊はいったっけ。

    午前中は早朝からブルックス・ブラザーズのカタログの仕事だった。撮影時、ブルックスらしい、ブラックにかぎりなくちかいダークブルーの、いい春秋冬用のコートがあったので、現品割引で手に入れた。今年は暖冬らしいので、まだウールのコートは重い。着たまま早稲田へ。タクシーに乗りこむところを、カメラマンさんに写真を撮られてしまった。