2015年2月4日水曜日
2015年2月2日月曜日
小野田桂子写真展へ
1/31は妻と小川町のオリンパスギャラリー東京へ。写真家小野田桂子さんの個展を観にゆく。
2013年冬、詩人の城戸朱里さん、小野田さんとぼくは、テレコムスタッフによる舞踏家笠井叡さんの撮影で、岩手県の陸前高田に入っていた。日本現代詩歌文学館の学芸員豊泉さんの運転と案内で海岸道を走行中、コメントだけもらう予定だった笠井さんが、突然「私、ここで踊ります」と申し出た。津波による残骸が散らばる浜辺で、笠井さんは即興で踊る。気温はマイナス2度。突風が吹き荒れ、開閉のたびバンのドアが飛ばされそうな強い海風に向き合い、笠井さんは高速で舞った。
その渾身の舞踏を一部始終、小野田さんは撮影されていたのだ。その写真が2年の時を経て、震災から4年がたとうとするいま、展示の機会を得たのだった。ぼくらは17時に会場に到着し、写真を観た。あの即興舞踏は、10分ほどのパフォーマンスだったように思う。笠井さんが舞いはじめ、最後に海の水で禊をするまでの瞬間をとらえた、荒い粒子の写真が時系列にそって展示されていた。小野田さんの作品に喚起されて、ほんとうに、触れそうなほど、あのときの記憶が近づく。出会うことが奇跡のような目撃を、小野田桂子さんは現場の息吹のままに正面からとらえていた。写真とはつねにすでに、そのような存在領域だというように。
18時から、小野田さんと親交のある作家の柳美里さんがスピーチ。司会はわが先輩、和光大学の遠藤朋之さん。かの「ライカ同盟」の秋山祐徳太子氏が乾杯の音頭をとり、評論家の西部邁氏もスピーチをするという豪華なレセプションがはじまった。
写真展の詳細はこちら。ぜひお越しください。
2015年1月30日金曜日
雪とカレー

早朝に原稿を書こうと、書斎の窓をあけたら、白い世界。視界を静かに雪が降り、風に流れてゆくので、わくわくしてペンが進まない。さっさとあきらめて、ここぞとばかり、雪見酒。三杯目には興がのって、ベランダに積もった雪で、雪割りのウィスキーを呑んだ。これが埼玉の雪の味、か。
午前は神保町で打ち合わせ。寒いときにはカレーにかぎる。そうだ、大好きな共栄堂のスマトラカレーにしよう。カレー屋の多い神保町だが、共栄堂は大正13年創業の老舗。いつも食べるタンカレーがないので、ポークを「ダブル」で注文。共栄堂の場合、ダブルとは、ライスとルーを両方大盛りという意味です。
酒を嗜まない詩人の鮎川信夫は、「ライスカレー」を好んだらしい。この共栄堂のスマトラカレーも、詩人のエッセイに登場する。というわけで早めのお昼は、カレー、なう。
2015年1月28日水曜日
詩誌「孔雀船」に詩が掲載
詩人の望月苑巳さんが編集・刊行人の詩誌『孔雀船』85号に、詩が掲載されました。タイトルは「失聴」、今冬に刊行予定の新詩集に収録する長詩。連作詩「耳の笹舟」は、国内掲載はこれが最後。あとは海外の文芸誌に数篇が発表され、詩集を編む作業に入る。
『孔雀船』は内容、誌面ともに非常に充実しており、個人刊行のポエトリーマガジンの範疇を超えた、本格的で豪華なつくりになっていると思う。そして、もちろん、伊良子清白の同名の詩集が頭をよぎる。望月氏の熱意が感じられる素晴らしい詩誌に、発表の機会を得たことは嬉しく、光栄だった。
2015年1月26日月曜日
『高岡修句集』を読む
鹿児島の詩人・俳人、ご存知、高岡修さんから現代俳句文庫『高岡修句集』(ふらんす堂)が届く。久しぶりにいい句集を読んだ、そんな余韻のうちに手もとに置いて、読み返している。
詩や小説を読みあぐねたとき、どうしても俳句に浸ることが多い。いみじくも、高岡さんはこの文庫に収録されたエッセイ「俳句における言語論(抄)」の冒頭で「俳句は、書かないという意志において書く文学行為である。」と喝破されていて、見事な定義だと思う。解説は高岡さんと懇意にされているという、小説家の藤沢周氏。意外な、それでいて藤沢氏らしい切り口で高岡俳句を論じておられた。論考というものの面白さを改めて味わう。
蕉翁の俳諧にもたびたび立ち戻るが、ぼくの俳句の愉しみ方はきわめて
個人的で、わがままなものだ。とくに近代以降の俳句、高岡さんも追求されている自由律俳句は、孤独の文学だと思っている。パーソナルな声を楽しむものであり、晩酌のとき、独りになるために酒器を傾けながら読むのを無上の愉しみにしている。わずか17音の器から溢れる、広大な思索の世界にこころを馳せる。俳句はほんとうに不思議な文学で、限定され、圧縮されているからこそ、読者は詩や小説よりも自由に思索と空想の羽をのばすことができるのだ。
とても好みな一句を見つけた。
春亡ぶグラスに海を少し容れ
そして終盤へと読み進め、
白鳥を裂いて取り出す白い闇
盃をおき、文庫からふと目をあげる。テレビでは「イスラム国」の人質となった湯川氏が殺害された、との報道。
2015年1月21日水曜日
父のジャズレコード
療養中の父がTEACのレコードプレーヤーを購入。かつて買い集めたLPレコードをジャズを中心に時々聴いている。そのほとんどが、3、40年前のものだが、音質も問題なく楽しめる。
写真はご存知、スタン・ゲッツとアストラッド・ジルベルトの『デラックス』。いわずもがなの名盤だ。レコードの音はやわらかくも澄んでいて、ぼくもときどきご相伴にあずかっている。ジャケットもきれいで、とても40年前のLPとはおもえない。ポートレイトも大判で豪華だし、やっぱりCDよりいいですよね。値段は2,000円とあり、当時は希少だった輸入盤は銀座の山野楽器で買えたそうな。
当時の2,000円というと、いまの一万円ぐらいの金銭感覚。10日近く喫茶店にいくのを我慢して買ったのだとか。ほかにマイルスの『クールの誕生日』や、クリフォード・ブラウンの『スタディー・イン・ブラウン』などの初盤プレスがあった。
ここ2年間で取り組んできた連作詩「耳の笹舟」は今年の冬に詩集にまとまる予定だが、新連作詩として「Asian Dream」をすでに発表したばかり。1991年に勃発した湾岸戦争下のアメリカが舞台で、ぼくがそのころ聴いていた89〜92年のジャズがかかわってくる。ここ30年の世界史における大きな転回点であり、いまの安部政権へも直結している、湾岸戦争。「イスラム国」に誘拐、監禁されている邦人2名が無事解放、帰還されることを、祈らざるをえない日々だ。
2015年1月20日火曜日
赤阪友昭、語り部としての写真
1/20、新月の夜。東京は南青山、根津美術館のすぐそばにある「ヘイデンブックス」で開催された、写真家赤阪友昭さんのイベントに参加。ゲストでお招ばれした。
毎新月の夜に、ホストの赤阪さんがスライドとトークで旅の写真を披露するイベント。今回はモンゴルのトゥバ族をはじめとする遊牧民の暮らしがテーマだった。
雑誌『Coyote』で活躍する赤阪さんは、現地の人々の生活にまじりながら写真を撮る。モンゴルの遊牧民族たちとは、3カ月、ともに暮らした。
阪神淡路大震災で被災し、壊滅した街でボランティア活躍をつづけながら、電気も水道もないプリミティブな生活者に興味をもったことも、モンゴルを撮りにいくきっかけになったという。
モンゴルの遊牧民が纏う民族衣装や小道具類なども持ち込んで、観客の方に着てもらったり、観るだけなく体験できる工夫もおもしろかった。
冬はマイナス20度にもなる苛酷なバオ、移動式住居の暮らしで、友さんの仕事はストーブの燃料になる牛糞の採取だったそうな。「乾燥した牛糞を割ると、芳醇な草の匂いがします」。トナカイとの暮らし、いまはほぼ廃れてしまったというシャーマンの話など、他所では聴けない旅の土産話をこころゆくまで楽しむ。写真のなかで吹くモンゴルの草原の風とともに、自然とともに生きる感性、貴重な智慧を運んでくれた。
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